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永六輔さんの死因と病気、次女が語った最後の言葉とは? [芸能]

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http://billboard-rock.com/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%A1/post-2260/より引用

ラジオやテレビで活躍したタレント・永六輔さん(享年83)が
7日に死去しました。

次女でフリーアナウンサーの永麻理さん(54)が11日、
東京・赤坂のTBSで会見しました。

直接の死因は肺炎とのことですが、担当医師は
老衰といっていい状況」とも話しています。


この状況には納得できるようで、麻理さんは、
「ふっと力が抜けるように、苦しむことなく『じゃあね』という
感じで。本人も死んだことを気づいていないんじゃないかな
ぐらいに、自由な人だったから、自由に旅立った。照れ屋だから、
私も姉も『えっ、今?』と夢でも見てるような感じで逝っちゃ
った。見事に生ききった。幸せな最期を家族と過ごせてよかった」
と明かしました。


脊柱の損傷で神経を圧迫していることから、2月1日に
上下の脊椎骨をブリッジで固定する手術を受け、4月中旬に
退院していました。

その後は自宅で、麻理や長女の千絵(57)が在宅看護して
いたといいます。



最後の言葉

就寝中に永さんはラジオで話すようにしゃべっていることも
あったといい「最期まで、寝てても仕事をずっとしてたから、
きっと今も仕事をしているんじゃないかな。」

7日は眠い感じで息は少しずつ弱くなっていました。

前日(6日)の晩まで会話をしたり食事もしていたそうです。

最後に交わした言葉は、アイスキャンデーを食べた時に、
笑いながら発した「おいしいね」だったといいます。



父・永六輔

家での父の素顔は「テレビで見るのとほぼ同じ」だそうです。

「永六輔として死んでいったのかな。とてもカッコいい父でしたね。
おはしの持ち方ぐらいしか怒ることもなくて。ほんと照れ屋なので、
言いたいことも手紙で書く。それを私たちの部屋の前に置いてって」
と懐かしそうに語りました。


黒柳徹子らとの親交

この日、永さんの生家でもある浅草・最尊寺で密葬が営まれ、
フォーク歌手の小室等(72)、作詞家の北山修(70)らが参列
しました。

長年親交のあったタレントの黒柳徹子(82)は、生前、何度も
病室を訪れ、密葬の前日(10日)には同寺を訪れ、永さんと
1時間以上向き合って「永さん、死んじゃっているの? 死ん
じゃったかな」と話しかけ、麻理らと思い出話に花を咲かせたと
いいます。

永さんが14年前に妻の昌子さんを胃がんで亡くした際には、
黒柳との再婚をほのめかして、ネタにするほどの間柄でした。

麻理さんも「2人は本当に仲良し。男女の友情って成り立つんだ
なと思った」と話しました。


七夕の日に

妻を溺愛していたという永さんについて、麻理さんは、
「七夕の日に母に会いに行って、三途の川じゃなくて、天の川を
渡っちゃった」と話し、「本当に生涯現役だった。今ごろ中村八大
さんや坂本九さん、渥美清さん、母と会って、天国を飛び回って
いると思う」と上を向きました。


あの、ちょっと舌足らずで軽快なおしゃべりは、もう生で
聴くことができないのが残念ですね。

ご冥福をお祈り申し上げます。


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